「続続・荒川洋治詩集」より、「散文」を読む

小説の書評と感想
 思潮社・現代詩文庫242「続続・荒川洋治詩集」より、詩編を過ぎ、「散文」に入る。 先の11月26日の記事、同「未刊詩篇<炭素>」を読む、に次ぐ。
 「散文」編には、短い批評とエッセイ、13編を24ページに収める。 彼は恩賜賞・芸術院賞の推薦理由に、詩作品の他、批評の業績を多く挙げられた事を、喜んだようだ。しかし、評論はその時にも評価されにくく、後世に残らない業だと思う。小林秀雄を、中村光夫を、今は誰も語らない。創作しか、後世に残らないだろう。小説なら、今はややマイナーながら、色川武大、庄野潤三のファンはいる。 彼の評論も、詩人の評論として、わかりやすい意外さで好評なのかも知れない。 もう1つ、彼が「文学も出世の手段としか考えない」と詩で書いた事を補助線とすると、彼の詩人への評価がわかる気がする。ほとんど無名で没し、その後に超有名になった宮沢賢治を、許せないのだろう。詩「美代子、石を投げなさい」で、娘に石を投げるよう勧めている。また、「破滅的である事によって、自分の人間性を証明する」とした田村隆一を始め、多く無頼的だった戦後派詩人に、追随しなかった理由の1つだろう。 彼は「文学は実学である。経済学のスパンが10年か多くて20年先までしか論じられないが、文学は人の一生を左右する」と、繰り返し述べる。批評「文学は実学である」から始まる主張である。僕は、全くそうだと思う。数学の厳密な進展や、医学の発展による救済に、驚きながら。写真ACより、「キッチン・グッズ」のイラスト1枚。

Source: 小説

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