王とサーカス 米澤穂信

小説の書評と感想
「満願」「儚い羊たちの祝宴」は面白かったのに「さよなら妖精」は読みにくかったので、わたしにとって太刀洗万智シリーズは鬼門なのか?と恐る恐る手に取った。杞憂であった。面白い!硬質で不器用で真摯な主人公とともに、先進国に生まれた人間の原罪に向き合えた。目をそらさずにはいられない汚濁がある。毎日の生活で、生み出されるゴミ。食パン包装紙、肉のパック、皿にかけていたサランラップ。ゴボウの皮、魚の骨、食べ残しの細切れの麺。洋服のタグ、割れたコップ。分別してゴミの日に出して収集車にのせられてサヨウナラ。テレビやネットに溢れるニュース。虐待、不倫、火事、災害、戦争。ヒドイね!ムカつく!カワイソウ!電源を落としたら画面の暗闇にサヨウナラ。物も情報も、なんと贅沢に飽食し消費していることか。遠くの美しい空の下で、裸足の少女がゴミの山に住んでいるのだとしても、少年が銃を構えていたとしても。その悲しい光景すら、サーカスの観客のように鑑賞してしまうのだ。この物語はフィクションだけれど、ノンフィクションだとしても、同じこと。サガルと万智の立つ地平はあまりにも遠い。といって、サガルが正しいのでも無い。ラジェスワルが正しいのでもない。貧しいから不正をやっていいわけじゃあないし、恵まれているからといって卑下する必要もないのだから。先進国の人間の原罪と、ジャーナリストの業。立ちすくんでしまいたくなったとしても、それでも。サガルやラジェスワルがそれぞれの生き方をしていたように、万智も自分のやりたいように生きたいようにやるしかない。知りたいから。見たいから。伝えたいから。ミステリーは謎解きだとしたら、万智のジャーナリス

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