「佐竹本三十六歌仙絵と王朝の美」

小説の書評と感想
○2019年11月19日特別展「佐竹本三十六歌仙絵と王朝の美」(京都国立博物館)応挙館で佐竹本が分割されてからちょうど100年になるそうです。これを記念して、37図中31件が集められました。京都駅に着いたのが9時30分。そこからバスで京博に向かいました。最初の古筆のコーナーでは継色紙、升色紙、寸松庵色紙、藻塩草、三十六人歌集など。すでにここで激混み。続いて人麻呂像のコーナー。兼房夢想系(藤原兼房の夢に出てきた人麻呂像の系列。萎えた烏帽子、紙と筆、梅の花)の図像やこれと左右逆の図像系、さらに維摩居士系の図像が当の維摩居士像とともに展示されていて、すでに大興奮でした。佐竹本のコーナーは近付くのに順番待ちするほどの混みよう。並んで歌を見て絵を見てまた並んで、というのを繰り返して見ていきました。朝忠の「逢ふことの絶えてしなくばなかなかに人をも身をも恨みざらまし」では後ろ姿が物思いを雄弁に語っている気がするし、重之の「吉野山峯の白雪いつ消えて今朝は霞の立ち変はるらむ」では、ほんのり頬に紅が差してあり、ちょっとお酒の入った重之が吉野の春に思いを馳せているように思える。真面目そうに描かれてる大中臣能宣の「千歳まで限れる松も今日よりは君に引かれて万世や経む」は親王の子の長寿を予祝する歌ですが、父親の頼基から「なんでこれを帝の時にとっておかんか!」と詰られ枕を投げつけられたという歌。そう聞くと、気難しそうな父頼基の顔は確かに枕を投げつけそうにも思えるのでした。佐竹本に比べて下の階の歌仙絵コーナーはずっと空いていました。佐竹本と並ぶ優品といわれる上畳本や時代不同歌合絵、治承三十六人歌合絵、後鳥羽院

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