『雨の裾』(講談社) – 著者: 古井 由吉 – 蜂飼 耳による書評

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『雨の裾』(講談社)著者:古井 由吉
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老いの時間に渦巻く死と官能
古井由吉はこれまでも、夢と現の境、過去と現在の境を踏みこえる小説を書いてきた。その世界は、揺らぐ幻の像と確固とした質感を併せ持ち、独自の展開を見せる。『雨の裾』はいよいよ極まろうとする著者の方法と持ち味が、前人未到の境地をかいま見せる小説。老いの時間に渦巻く死と官能の色合いを、ここまでこまやかに炙り出した小説があっただろうか。冒頭の「躁がしい徒然」はタイトルも粋だが、「ある境を越すとしばらくは自分から、空足でも踏んだように前のめりに、上機嫌に年を取っていく」という一文など、著者らしい観察で、心動かされる。重いものは軽く、軽いものはむしろ持ち重りのする手触りで、著者は扱う。老いと病、入院などで時間の感覚の変わる感じが、繰り返し描かれる。「我に返るとは、我身の内の死者の時間に、さかのぼって感じる境のことか。これからも幾度となく我に返って覚めた心地がしてはまた紛れて、年を取っていくのだろうと思った」我とは誰か、どこにいるのか。日常の輪郭がほどけて、途方に暮れて立ちつくす時間。その匂いと色合いを、描き切る著者の文章。それは、他の言葉では描かれたものが必ず別物になってしまう、という深い認識から、決して逸れることなく進む。表題作は、死の床につく母とその息子である男を描く。男には、母が死病を得てから関係の出来た女がいる。頼まぬうちから入院先へ赴いて母の世話をする女。「人は自分の行為の、ほんとうの由来は知らない」「あなたとのことは、後悔しません」因果と呼ぶほかない関係を、眺める

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