沢村 貞子『わたしの献立日記』(中央公論新社)、『貝のうた』 (河出書房新社)、『老いの道づれ』(筑摩書房)、山崎 洋子『沢村貞子という人』(新潮社)、他 – 平松 洋子による作家論/作家紹介

書評総合
四日間の空白――沢村貞子の日記文学
鳥追い女のような編笠(あみがさ)をかぶせられた私はしんと静まりかえった廊下を、奥へ奥へとみちびかれた。きこえるのは、あけしめする錠のキンと高い音と、自分の藁草履(わらぞうり)のペタペタという低い音だけである。〈お取り締まりさん〉と呼ばれる五十ぐらいの女看守の草履の裏はフェルトらしい。足音はほとんどきこえない。それに、笠の下からそっと見ると、しのび足の癖がある。 (『貝のうた』)
衿(えり)に縫いつけた白木綿に、墨文字で一三五番。二十三歳の「私」は昭和七年、治安維持法違反容疑の思想犯として独房に収監された。いったん釈放されたが公判闘争を経て地下へもぐり、ふたたび逮捕。獄中生活は通算一年八カ月におよんだ。およそ五十年後。そのひとが七十代のとき書いたエッセイは、こんな書きだしではじまっている。
あさ、床の中で眼をさまして、一番さきに私の頭に浮かぶのは、今日の夕飯は何にしようかしら……ということである。雨戸の隙間(すきま)から、明るい陽の光が洩(も)れていれば、久しぶりでちらしずしはどうだろう、と思い、うす暗くシトシトと雨の音がきこえれば、おでんの煮込みでもこしらえようか……などとうつらうつらと思い迷うのも、また楽しい。 (『わたしの台所』)

『わたしの台所』(光文社)著者:沢村 貞子
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わずかな数行が、焙(あぶ)りだしのように軌跡を浮かび上がらせている。前半生、冷えのきつい独房で食べるアルミの食器入りの麦飯と切り干しだいこんの煮つけ。後半生、

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