『かけら』(新潮社) – 著者: 青山 七恵 – 野崎 歓による書評

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『かけら』(新潮社)著者:青山 七恵
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神秘としての他者
これまで、青山七恵氏の作品に目を通したことがなかった。近作三篇を収めた『かけら』を一読して唸り、さっそく『ひとり日和』を取り寄せて読んだ。『やさしいため息』(「松かさ拾い」併録)と『窓の灯』 (「ムラサキさんのパリ」併録)も読み、いよいよ魅了されるとともに、こんな素晴らしい小説が誕生していることを見過ごしていたおのれの迂闊さを思い知ったのである。
観察できたら、と思う。自分だけじゃなく、まんべんなく誰も彼も一度に見渡せたらいいのに。
「窓の灯」のこの一文が、青山氏の小説の基本的な構えを示唆しているのではないか。視線は、青山ワールドを支える大きな要素であり、力である。そのことは、向かいのアパートの窓をじっと見つめずにはいられない娘を主人公とする「窓の灯」以来、変わっていない。そしてまた、「まんべんなく誰も彼も一度に見渡せたら」という願望自体は、しょせんはかないものにすぎないという認識の上に成り立っているのが青山氏の作品である。そのとき小説は、すべてを一望のもとに収めることはできない己が視野の限界を確かめながら、その限界性をかすかにであれ揺るがす出来事が生起する瞬間を夢見て語られることになる。「かけら」は、視点のそうした相対性に対する意識をさらに深めようとする作品だ。そのことは全体に対する「部分」「断片」を意味するタイトルにすでに明らかだし、語り手である二十歳の女性が写真教室に通っているという設定に、視線のテーマの継続も見て取れよう。だが、これまでと同じく一見、淡々とした口調

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