『橋を渡る』(文藝春秋) – 著者: 吉田 修一 – 角田 光代による書評

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『橋を渡る』(文藝春秋)著者:吉田 修一
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今はよりよき未来なのか
東京都議会で発言していた女性議員に向けて、セクハラと見なされる野次を飛ばした議員がいる。最初の野次の発言者は特定されたが、その次の発言者はだれだかわからない。近くで聞いた人も、発言した本人も、名乗り出ない。二番目の野次は、もみ消され、結果的になかったことになる。二〇一四年に実際に起きたことが、この小説で幾度か語られる。四章から成る小説の舞台も語り手も章ごとに異なる。三章までは、どこにでもいる夫婦であり家族でありカップルが描かれる。セクハラ野次をはじめとして、登場人物たちの周囲をさまざまなニュースが流れていく。バンコクで代理出産されたとおぼしき九人の赤ん坊が保護される。女性参院議員が若いスポーツ選手にキスを強要。香港での学生たちによる抗議デモ。どのニュースも見聞きした覚えが私にもあり、自分も「どこにでもいる」ひとりとして小説内に入りこんだ錯覚を抱く。登場人物たちと同じように私もそこで、ニュースについて興味を持ったり話題にしたり、忘れたりしていく。同時に何かよからぬことが起きつつある不穏な予感が冒頭からかすかにあり、それが知らぬまにふくれあがっていく。そして三章、これまでのニュースのようにある研究について明らかになる。ひとりの科学者がiPS細胞から精子と卵子を作る研究を進めている。それが成功すれば、ひとりの人間の細胞から子どもを作ることが可能になる。小説のなかにすっかり入りこんでいる私は、これもまた雨傘革命やマララさんのノーベル賞受賞と同じく、現実に起きていることだ

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