『エリザベスの友達』(村田喜代子)_書評という名の読書感想文

小説の書評と感想
『エリザベスの友達』村田 喜代子 新潮文庫 2021年9月1日発行

エリザベスの友達 (新潮文庫)

あの頃、私たちは自由を謳歌していた。九十七歳、認知症の初音さんはいま天津租界での夢のような日々を再び生きる。戦後、命からがら娘と日本に引き揚げた初音さんは今年九十七歳になる。もう今では長女の顔もわからない。病が魂を次々と剥いでゆくとき、現れたのは天津租界でのまばゆい記憶だ。ドレスに宝石、ミンクを纏い、ある日はイギリス租界の競馬場へ、またある日はフランス租界のパーマネントに出かけ、女性たちは自由だった - 時空を行き来しながら人生の終焉を迎える人々を、あたたかく照らす物語。(新潮文庫)

戦中・戦後を生き抜いて、やがて歳を取り、認知症になった初音さんは、今は一人で施設で暮らしています。

結婚してすぐ天津に渡り、敗戦とともに苦労して引き揚げてきた九十七歳の初音さんは、今は九州の有料老人ホームで暮らしている。訪ねてくる娘たちを 「誰だこの女」 という目で見、名を問われれば 「エリザベス」 と答え、夕方になると 「それではお暇いたします」 とどこかに帰ろうとする、まあ立派な認知症老人だ。

だがそれはあくまで彼女の外側の話。動かない表情の内側で、彼女は華やかなりし天津の日本租界の日々を生きている。戦争の足音が迫る内地をよそに、女たちは美しい洋装に身を包み、午後のお茶をたしなむ。

子供たちは国籍も肌の色も入り乱れて遊ぶ。女たちは自分で車を運転し、そして夫から 「お前」 などとけっして呼ばれない。豊かでお洒落で、何より女が自由だった、幸せな時代。物語の視点が娘

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