「自叙伝 松永安左エ門」松永安左エ門

ビジネス書の書評と感想


【私の評価】★★☆☆☆(66点)

内容と感想
 「電力の鬼」と呼ばれ、戦時中に国営化された電気事業を民営化し、地域別に電力供給の責任を持たせる九電力体制を主導した松永安左エ門を更に知るために手にした一冊です。この本では幼少期から電気事業を始める前の明治42年、松永安左エ門35歳くらいまでの思い出が書かれてあります。

 松永安左エ門は慶応義塾に進み、福沢諭吉と家族ぐるみの付き合いをし、養子の福沢桃介(ももすけ)とも親しくなっています。後に松永安左エ門は、桃介と電気事業を立ち上げることになるのです。

・31年頃福沢(諭吉)先生が時事新報に「実業論」をお書きになって、「日本は天然資源が少ないと言うが気を付けて見ればあるじゃないか?山高く水多く、水力電気を起こすには、世界部類の国だ(p44)

 慶應義塾を出てからの松永安左エ門は、豆糠や綿花のブローカーで経験を積みながら、石炭の取引を中心に商売を広げていきます。石炭取引は新興勢力だったためか、談合破りもしています。石炭事業では大きく儲けることもあれば、石炭鉱山や上海支店の経営で失敗し、大きく損失を出したりもしていました。

 さらに、明治40年の株式相場の暴落によって大きな損失を出したのをきっかけに、今後は着実な事業だけに注力していこうと考え方を大きく変えたことがわかります。

・学校を出てから・・・考えてみれば、本を読む事も出来ないし、・・・金を得ることにのみまい進し、没頭していた。これから修養もしなければならない。書物も読まなければならない・・・今、自分は生涯の転換期に立っているのだ(p164)

 そ

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