『守光公記2』(八木書店出版部) – 著者: 中世公家日記研究会 – 鶴崎 裕雄による自著解説

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『守光公記2』(八木書店出版部)著者:中世公家日記研究会
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応仁・文明の乱ののち、経済的に困窮する朝廷と権力の凋落が著しい足利幕府とのせめぎあい!?公家と武家のはざまで交渉に苦労する武家伝奏広橋守光の日記を、32年の歳月をかけ、翻刻出版が完成!解題・詳細索引(人名・地名・件名)付き。
記主について
記主広橋守光は、文明3年(1471)、町広光の子に生まれ、広橋家の養子となった。町・広橋両家は藤原北家の日野一族の支流である(国史大系『尊卑分脈』)。朝廷への出仕は文明11年8月である(『お湯殿の上の日記』)。『守光公記』に記述される以前の守光については、共同翻刻者の一人、湯川敏治氏が、令和2年(2020)12月「廣橋家旧蔵記録文書典籍類研究会」(代表家永遵嗣氏)で「『守光公記』執筆以前の廣橋守光」という研究発表を行い、『守光公記』以前の守光を取り上げた。もう18年前であるが、私(鶴崎)が平成15年(2003)7月号の『日本歴史』に「『守光公記』は面白い」と題して、永正9年に起こされた大経師良椿の訴訟を紹介した。陰陽寮の暦博士が制作する暦を独占的に刊行する大経師の職を巡る良椿と良精の訴訟である。今回『守光公記』の完成を機に、柴田真一氏が「『守光公記』と広橋守光」(仮題)の出版を計画している。以下に『解題』に記した以外に注目したい記事を紹介する。
朝廷の困窮 後柏原天皇即位
戦国時代、禁裏の財政は逼迫していた。天皇の即位は延期が繰り返された。後柏原天皇は明応9年(1500)後土御門天皇の崩御の後を承けて践祚したが、即位の費用がない。『守

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