煉獄杏寿郎の強さとは

小説の書評と感想
煉獄杏寿郎の無意識領域は、焼ける石畳。イメージと違った。もっと晴れやかな、爽やかな景色が広がっているのだと思っていた。煉獄さんの燃える心は、昼間の太陽の光のように、無邪気に輝いているのだと思っていた。灼ける石畳の寂しさ、炎熱の烈しさは、温かみよりも苦痛を思い起こさせる。どこを見ているのかわからない、なにを考えているのかわからない、カッと見開いた目。即断即決。迷いのない言葉。弱音を吐かない。前向きな姿勢。強いひと。煉獄さんは、強い。強くあろうとしているから、強い。‘選ばれし強き者’は‘人よりも強く生まれ’‘人よりも多くの才に恵まれ’‘強く優しい子’は天から賜った力で、責務をまっとうすると誓った。その責務とは‘弱きものを助けること’‘世のため人のために生きること’煉獄家は代々続く炎柱の家系。世の人のため、鬼を倒してきた。誇り高き伝統だけれど、過酷な職務。鬼狩りとなるための毎日の鍛錬。命がけの鬼狩り。大怪我、傷、痛み。倒れる仲間。狩っても狩っても、増える鬼。鬼に傷つけられる人々。倒しても失ったものは戻らない。いつもいつも成功するわけではない。間に合わなかった後悔。けれども、その鬼ですら、なりたくてなった鬼ばかりではない。鬼は、元は人間だったのだから。体も心も苦しい。支えがなければ崩れ落ちてしまう。人は、儚い生き物だから。杏寿郎の父槇寿郎は、かつて立派な炎柱だった。強き男だった。頼れる父だった。しかし、折れてしまった。妻を失った悲しみ。(痣を出せない、才能が無い)己の無力への絶望に。病で長く生きられなかった母は絶望で立てなくなった父は鬼のような‘強さ’はなかった。しかし‘強さ’とはなん

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