富岡多恵子「立切れ」を読む

小説の書評と感想
 新潮社「川端康成文学賞 全作品 Ⅰ」より、富岡多恵子「立切れ」を読む。 1977年、同時受賞した、水上勉「寺泊」は、今月14日の記事にアップした。
 富岡多恵子は詩人として出発し、小説家へ転身した。思潮社「富岡多恵子詩集」(実質的全詩集、1973年・初版)の、1979年・6刷を僕は持っているが、彼女の詩はあまり読んでいない。小説は初めてである。 「立切れ」は、今は表に出ない噺家、菊蔵の晩年(72、3歳)の、1時期を描く。 菊蔵は物好きな学生グループに誘われ、風呂屋の脱衣所に客を集めて、廓噺ばかりを語る会を持つ。話題になり、物好きな週刊誌の取材を幾つか受けた。しかし1年で学生グループが、最後にすると告げる。 噂で三味線方のお糸さんがアパートにあらわれて、出囃子を弾くと言う。菊蔵は廓ものの「立切れ」を演じ、三味線方を演じたお糸さんの誘いも断って、アパートの一人暮らしに帰る。公立の老人センターへ日曜ごとに通うようになり、無料の演芸会の客になる、という結末が救いだろうか。 富岡多恵子のこの文体も、菊蔵の噺のように、枯れかかった艶がある。枯淡の境地を目指すのだろうか。 僕の詩(ソネット群)は、枯淡ではなく、芭蕉の最後の境地、軽みを目指したい。写真ACより、「ガーデニング」のイラスト1枚。

Source: 小説

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