『イルカも泳ぐわい。』(筑摩書房) – 著者: 加納 愛子 – 武田 砂鉄による書評

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『イルカも泳ぐわい。』(筑摩書房)著者:加納 愛子
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頭の中で巡る思いが自由に豊かに放たれる
妄想という言葉、というか状態って、ここ最近、とっても安っぽくなったんじゃないかと思っている。頭の中で考えを膨らませる習慣がポップに「妄想癖!」などと持ち出される度、妄想って、もっと深淵なものだけどな、とブツクサつぶやく。その点、お笑いコンビ「Aマッソ」加納愛子による初めてのエッセイ集に紡がれている言葉は、頭の中にある雑念や邪念が、妄想とぶつかり合って弾ける音がする。妄想とは、決して架空の話、にとどまるものではない。今、目の前に広がっている物事への批評にもなる。言葉が具体的に放たれるまでのプロセスは端折(はしょ)るが、「そもそも語尾に『ネ』なんてつける大人の言うことは信用してはいけない」「厳しくすることもある、と事前に申告してくる人の『そもそもベースが厳しい率』は100%である」といったフレーズが読者に飛びかかってくる。売れた先輩とまだ売れていない先輩と唐揚げを食べているとき、双方の話に寄り添えなかった加納は、「売れていない芸人なら誰でも大好きな唐揚げが、手をつけられることなく冷めていくのを眺めていた」。ここから、「唐揚げは、頼まないか、ばくばく食うか、二択でないとあかんよなぁ」と話題を外していく。いや、それは、話題を外しているのだろうか。目の前の出来事と頭の中の考えを、いや応なしにテーブルに陳列し、グチャグチャにかき混ぜる。それなのに、そこにできあがった固形物が、なぜか乱暴ではなく、とても繊細な言葉の連なりなのだ。後輩芸人とのジョギング

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