佐多稲子「時に佇つ(十一)」を読む。

小説の書評と感想
 新潮社「川端康成文学賞 全作品 Ⅰ」(1999年・刊)より、3回め、1976年の受賞作、佐多稲子「時に佇つ(十一)」を読み了える。 2回めの永井龍男「秋」は、先の2月15日の記事にアップした。
 「時に佇つ(十一)」は短編連作の中の1作品である。ほぼ30年前に別れた夫の死を取り扱う。佐多稲子(さた・いねこ、1904年~1998年)、元・夫の柿村(モデルは窪川鶴次郎)は共に、戦前共産党(当時は非合法)に入党し、戦後も新日本文学会等で活躍するも、路線をめぐって除名された。二人は1926年・結婚、窪川の不倫等により1945年・離婚した(戦前か戦後か不明である)。 惹かれるのは、次の1文である。「ここにゆきつくまでのお互いの関係に、燃えるものはすでに愛も憎も、燃やしつくしたあとだった…」。 夫婦関係も政治活動も、霞むように曖昧に書きながら、元・夫、かつ同志の感情の通じ合いをよく描いている。柿村の1周忌から数ヶ月、「私」は柿村の亡くなった日を覚えていない、という曖昧さであるけれども。 僕は「時に佇つ」全編を持っていない。彼女の著作としては、集英社の日本文学全集の中の1冊のみ所蔵している。写真ACより、「ドリンク」のイラスト1枚。

Source: 小説

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