『異聞浪人記』(河出書房新社) – 著者: 滝口 康彦 – 本郷 和人による書評

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『異聞浪人記』(河出書房新社)著者:滝口 康彦
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二つの時代を生きた侍たちの葛藤と悲劇
滝口康彦の傑作短編が文庫化された。表題作の「異聞浪人記」(「切腹」として映画化)は半世紀以上前のものだが、今も変わらぬ光芒(こうぼう)を放っている。戦国の世を生き抜いた侍たちが切り開いた江戸時代とは、まことに矛盾した時代でもあった。常在戦場を建前として掲げながら、長く平和が続いたのだ。穏やかな生活が続くうち、彼らの価値観は少しずつ変容していった。優しさ、慈しみなど、現代の私たちがイメージする「人間らしさ」を自身の内に、また近しい親族に見いだし、肯定するようになっていくのだ。侍たちは平安の昔から「兵の道」を育み、それを「武士道」へと昇華させていった。彼らは貴族のようには、教養を持っていなかった。武士道は戦いの中でこそ生まれ、成長した実践的な道徳である。「机上」ならぬ「現場」での、血なまぐさい、ぎりぎりの命のやりとり。それは命より大切にすべき精神にも到達したけれど、やはり平凡な、けれども温かな日常とは異質だった。そこに侍として生活する苦しみ、痛みが生じた。主君のため、お家のため、矜持のため。江戸時代を形成する建前を突きつけられれば、社会のリーダーでもある侍は、服さざるを得ない。時には愛する者や自分自身すら否定しなくてはならない。もしそこに誰かの悪意が介在するならまだしも、時代の矛盾が犠牲を求めるときには、たとえようもない悲劇が生じた。本書はそうした苦難に直面した侍たちの、壮絶な生き様を描く短編集である。短編ながら、著者は抜群のストーリーテラーであ

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