『カフェ・シェヘラザード』(共和国) – 著者: アーノルド・ゼイブル – 沼野 充義による書評

書評総合

『カフェ・シェヘラザード』(共和国) 著者:アーノルド・ゼイブル
虐殺を生き延びた運命が集う
メルボルン郊外に「シェヘラザード」という名前のカフェがある。そこに集うユダヤ移民の古老たちが、いかに壮絶な経験を経て戦争と大虐殺の時代を生き延びたか、物語を繰り出し続ける。「語ることが、生き残ったことの証でもあるかのように」。実際、「この世にまだ残る語り部たち」の話には終わりがない。ここは世界中から流れ着いた人々の多様な背景を反映して、「言語のバベルの塔」となっている。カフェを切り盛りするマーシャはポーランド出身のユダヤ人で、自ら「言語から言語へ自在に渡り歩」いて接客する。「イディッシュ語は、多少、お話しになる? えっ、イディッシュ語が母語(マメ・ロシェン)ですって? ロシア語もちょっと? もしかしたらポーランド語も? メインディッシュは何になさいます?」。いや、東欧ユダヤ人の母語であるイディッシュ語こそが、この小説のメインディッシュであると言ってもいい。それは「荒れ狂う嵐を突き、無謀に飛び続ける」言語だ。本書は、このような多言語の物語の渦の中に身を置いたジャーナリストが話を聞き取ってまとめたという設定になっている。小説ではあるが、ここで語られる歴史的事件は「可能なかぎりの検証を経て」おり、このカフェも実在した。しかし、著者自身はあとがきで、これは歴史書ではなく、「ものを語る力に捧げられた頌歌(しょうか)」だと主張する。では、ここではどんなことが物語られているのか? 一九三九年九月、ドイツとソ連がポーランドに侵攻すると、大量のユダヤ人が難民となってリトアニアのヴィルニュスに逃れ、この

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