『アロハで猟師、はじめました』(河出書房新社) – 著者: 近藤康太郎 – 松原 隆一郎による書評

書評総合

『アロハで猟師、はじめました』(河出書房新社) 著者:近藤康太郎
いのちに襟を正す真剣な遊び
ある男が六年前、赴任先の長崎県諫早市の耕作放棄地で「朝だけ農夫」を始める。早朝の一時間だけ働き、自分が食べる一年分の米を作るのだ。それに成功した翌年は「完全人力田植え」に切り替えた。一切の農具を使わず田起こし、代かき、田植え、稲刈り、脱穀まで人力でこなす。弥生時代でも初期にしかなかろう「独り稲作」である。耕運機なら二時間で終わる「田起こし」だけで四十日を要した。それも無事やり遂げると、さらに翌年は狩猟免許を取り、真鴨とカルガモを猟銃で撃つ猟師になった。著者は近藤康太郎、某大新聞社の大分県日田支局長にして編集委員である。「ロック評論家」としても知られる。本書は支局に出社する前の時間を利用して早朝農夫となった体験を綴る「アロハで田植えしてみました」の続編。前作では耕作放棄地で酔狂な田植えをするアロハ男と彼を見守る集落の人々が、生き生きした方言と絶妙な距離感で描かれ、とりわけ「田の師匠」の毒舌ながら詩心ある教えは「田んぼの詩人」として一躍人気を集めた。だが他人からすれば個人の趣味。さらに近藤の肩書に違和感を持つ向きは少なくない。初年度の田植えに対しては「新聞記者だから成り立つ企画」と腐された。この批判を「新聞連載だから師匠が協力し機械も借りられた」と解釈し、意地で挑んだのが「完全人力田植え」だった。猟に対しても「肉はスーパーマーケットで買えばよい」との批判がある。こちらに対しては、屠(ほふ)った家畜を他人に解体・精肉してもらい、いのちの処理過程に思いを馳せない批判者には「否定はしないが軽蔑

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