『わかりやすさの罪』(朝日新聞出版) – 著者: 武田 砂鉄 – 武田 砂鉄による前書き

書評総合

『わかりやすさの罪』(朝日新聞出版) 著者:武田 砂鉄
はじめに
個人に向けられる定番の低評価として、「何を考えているかわからない人」というものがあるが、「何を考えているかわかっている人」なんて画白くないでしょう、といつも思う。何を考えているかわからないからこそ、今、何を考えているのかと尋ねたくなる。こんなことを考えているんだよ、という意見を聞き取り、それが自分の意見と異なっていれば、話し合って歩み寄ったり、 結果的に突き放したりする。それが人間という営みの基本形だと思っているのだが、 昨今、どうにも、相手と同じであることを「正解」と規定されることが増え、なおかつ、そこにたどり着くまでのスピードが速ければ速いほど優れている、と思い込まされるようになった。人に同意を促すためには説明が必要。どうして私がこれを好んでいるのか、だとか、話題になっている社会問題について私が反対している理由はこれ、だとか、時間をかけて説明をする。その時、とにかく、手短によろしくね、わかりやすくお願いね、小難しくしないでね、と要求される。わずかな時でわからせますと力を尽くさなければ、話を聞いてもらえない。あらゆる場面で、短時間で明確な説明ができる人をもてはやすようになった。テレビをつけても活字を読んでも、その基本的な態度が、「忙しい皆さんの手を煩わせることはしません、少しだけ時間をください。このことについて、わかりやすく説明してみせます」ばかりだ。目の前に、わかりにくいものがある。なぜわかりにくいかといえば、パッと見では、その全体像が見えないからである。凝視したり、裏側に回ってみたり、突っ込んでいったり、

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