『失われた世代、パリの日々―一九二〇年代の芸術家たち』(平凡社) – 著者: ハンフリー・カーペンター – 鹿島 茂による書評

書評総合

『失われた世代、パリの日々―一九二〇年代の芸術家たち』(平凡社) 著者:ハンフリー・カーペンター
十九世紀の末、家族連れでパリを訪れるアメリカ人が増えたが、旅から帰ったガートルード・スタイン、ナタリー・バーニー、シルヴィア・ビーチの三人の少女は、大きくなったらパリで暮らしたいと願うようになった。成長した彼女たちは、いずれも夢を実現してパリに定住し、スタインとバーニーは芸術サロンを、ビーチはシェイクスピア・アンド・カンパニーという英文学の書店を開いた。やがて第一次世界大戦をきっかけに、ジョイスやパウンドらの英語圏の前衛作家がパリを訪れるようになると、彼女たちのサロンや書店は、この種の「国外芸術家」のたまり場と化した。なかでも、ドルが強くなったアメリカからは、ヘミングウェイ、フィッツジェラルドなどの若く才能のある作家たちが「人生の可能性」を求めて次々に海を渡ってきた。彼らは、モンパルナスのカフェにたむろしては、議論し、喧嘩し、恋をして、一九二〇年代を通じて、毎日が祝祭のような日々を送った。ガートルード・スタインは、彼らを「失われた世代(ロスト・ジェネレーション)」と名づけたが、後にこの名称は、アメリカ文学の黄金時代を意味するようになった。本書の特色は、こうしたアメリカの作家たちがなぜパリに憧れたのか、その理由を十九世紀にさかのぼって歴史的に解き明かすと同時に、「失われた世代」の記念碑であるヘミングウェイの小説『日はまた昇る』を、二流作家に終わったロバート・マックアーモンやハロルド・ロウブの回想と引き比べて検討し、その比較の中から、より実像に近い「失われた世代」の肖像を、コラージュ

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