『博覧会の政治学―まなざしの近代』(中央公論社) – 著者: 吉見 俊哉 – 鹿島 茂による書評

書評総合

『博覧会の政治学―まなざしの近代』(中央公論社) 著者:吉見 俊哉
今日、我々は自由な意志に基づいて日常生活を営んでいるかに見えて、その実、社会の隅々にまで張り巡らされたもろもろのシステムに無意識をがんじがらめに縛られている。これらのシステムは、たかだか百五十年ほど前に社会の様々な分野で機能しはじめたにすぎないが、その緊縛の力は強烈で、容易なことでは網の目から抜け出すことはできない。というのも、いったん成立してしまったシステムというものは必ず自己保存・防衛本能をもつようになるから、システム自体に含まれる矛盾が顕在化し、自壊作用を起こさない限りは増殖をやめないからである。吉見俊哉氏は、こうしたシステムのひとつとして「まなざし」を措定し、その「まなざし」のクロスする場として博覧会を取り上げようとする。なぜならば博覧会こそは、近代の人間たちが差別化のまなざしを学んでいった特権的な場であり、博覧会に内存するエネルギー(フーコーの言う権力)の機能様態を検討することは、即、まなざしというシステムの解明に通じるからである。したがって本書の目的は「国家や企業が博覧会において、いかに帝国主義や消費のエネルギーを大衆に押しつけていったかということではなく、博覧会という場が、その言説=空間的な構成において、そこに蝟集(いしゅう)した人々の世界にかかわる仕方をどう構造化していったのか」を見ていくことにある。吉見氏は、そのために、欧米の万国博覧会と日本の内国博覧会の系譜を「帝国主義のプロパガンダ装置としての博覧会、消費文化の広告装置としての博覧会、大衆娯楽的な見世物としての博覧会」という三つの論点から

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