『コンニャク屋漂流記』(文藝春秋) – 著者: 星野 博美 – 野崎 歓による書評

書評総合

『コンニャク屋漂流記』(文藝春秋) 著者:星野 博美
温かさを分け与えてくれる書物
『転がる香港に苔は生えない』という、名著と呼ぶほかはない一冊によって星野博美と出会った人間にとって、星野作品は何よりもまず旅とともにあり、異郷体験をその中核とするものだった。『謝々(シェシェ)! チャイニーズ』しかり、『愚か者、中国をゆく』しかり。異国の日常のただなかに分け入り、庶民の暮らしぶりを生き生きととらえる術において、右に出る者がいない。そんな作者が異国から自国に目を転じたとき、いったい何を掴み取るのか。出発点となるのは、父方の祖父が遺した手記である。十五年前にその存在を知りながら、これまであえて封印してきた。そこに記されている内容が、自らの根っこに関わるものであると想像がつくだけに、軽々に手を出したくないという思いがあったのだろう。親戚のおばあさんの葬儀に出て、ふと「親戚の多くが鬼籍に」入りつつあることに気づいたとき、作者は手記と初めて向い合い、一族のルーツを探る調査を開始する。その捜査は、思いがけない時空の広がりの中へと星野氏を導き、読者もまた興味津々の展開に目を見張ることとなる。「?」と思わず首をひねってしまうような謎が何度も浮上してきては、ぼくらを驚かせてくれる。早い話が、表題にもなっている「コンニャク屋」だ。亡き祖父は千葉の外房、岩和田という漁師町の漁師の出だが、その屋号がなぜか「コンニャク屋」なのだという。著者はこれまでその屋号にまったく疑問を持たずに来た。当事者とはそういうものだろう。由来を尋ねてみる気にもなれないくらい、当たり前であるような気がしていた事柄を考え直してみ

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