『兵士であること―動員と従軍の精神史』(朝日新聞社) – 著者: 鹿野 政直 – 五味 文彦による書評

書評総合

『兵士であること―動員と従軍の精神史』(朝日新聞社) 著者:鹿野 政直
一兵卒の視点からとらえた戦争
戦争と平和を考える視点は様々にある。総合的に戦争を考察する戦争論、戦争がどのように遂行されたのかを考える戦争政策論、戦争の被害と悲惨な状況を見つめる反戦・非戦論、それぞれに立場を定めて考えられてきた。これらに対して著者はさらに兵士の視点から探ることの必要性を強く主張する。突然に赤紙によって兵隊にとられ、戦場に送られ「人殺し」を行わざるを得なくなった存在。加害者であると同時に、被害者でもあった兵士の存在から戦争を考えるという視点である。それは著者が兵隊に取られることを考える毎日のなかで、八月十五日を迎えたという自らの体験に基づくものでもあった。戦場の記憶、戦争の実際、慰霊、兵営国家などの四つの問題がそこからは提起されるとして、赤紙で兵士に取られてから、戦場に送られてそこで起きたことどもや銃後でそれを支えるべく動員された女性たちの動きなどを探ってゆく。「貴様らの代わりは、一銭五厘で来る」という、ある軍曹の言葉に示されるような、員(かず)としてしか扱われない消耗品としての兵士の思いを様々な形で考え、そうした兵士が戦後にはどうなったのかを含めて、兵士にとっての戦争と戦場の問題を探ってゆく。これは極めて重い問題である。その兵士のあり方を、より具体的に歌人の宮柊二の歌を通じて考えることで、「一兵に徹することによって獲得されてきた精神の視界」を捉え、戦後に「初年兵哀歌」を描いた画家の浜田知明の絵を通じて考えることで、戦場において「当事者と観察者という二つの自己認識を用意した」兵士の戦後を明

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