『よくできた女』(みすず書房) – 著者: バーバラ・ピム – 江國 香織による書評

書評総合

『よくできた女』(みすず書房) 著者:バーバラ・ピム
「立派な英国女性」と過ごす心地よい時間
読み始めて、ひとたび中に入りこむと、でてきたくなくなる。小説の中があまりにも快適で愉快なので、つい長居をしてしまう。先が知りたくて読むというより、そこにとどまっていたくて読む。これはそういう小説だ。第二次世界大戦直後のロンドンに住む、未婚女性ミルドレッドの、生活と観察と意見。彼女は三十歳なので、いまならば若い女性の一種だろうが、当時はそうは分類されず、本人もそのことを十分に自覚している。オールドミスであることに、諦念と同時に誇りを持っているのだ。立派なオールドミスであるためには教養が要る。育ちのよさも、良識も、謙虚さも。「よくできた女(ひと)」しかそれにはなれない。「よくできた女」だから、みんなに何かと頼りにされる。イギリスの地域社会の風俗習慣、人間模様をシニカルに丁寧に、徹底的に細部にこだわりながら一人称で綴った小説で、細部にこだわることが好きな読者にとっては金脈を掘りあてたみたいにすばらしい本だ。可笑しみに溢れている。ミルドレッドの語り口は穏やかで軽く、深刻ぶったところはないのだが、そのようにして語られる彼女の言葉はときに辛辣で、語り口が穏やかなぶん、余計にこわくておもしろい。「もちろん口には出しませんでしたが、どうせ私のような女は、人生にほとんど、いえ、なんの期待もしていないのです」と語ったり、クリスティーナ・ロセッティの詩の一節、「最愛の人よ、私が死んだら……」にふれて、「でも、ひょっとしたら、たいていは最愛の人などいないのかもしれません。あんがい

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