『幸田文全集〈第1巻〉父・こんなこと』(岩波書店) – 著者: 幸田 文 – 森 まゆみによる書評

書評総合

『幸田文全集〈第1巻〉父・こんなこと』(岩波書店) 著者:幸田 文
邦さんと文さん
格子柄の全集で親しんだ幸田文の文業に、今度は紺の凛とした装幀で出会う。扉の枠の紫も素敵だし、口絵の写真にも見とれる。おおむね発表順というのが面白く、巻が出るたびの待ち遠しさ、ほかの仕事が手につかず読みふける。それだけでもう、何も書くことがないほど胸いっぱいなのだけれど、この岩波版の『幸田文全集』が出てみると、今まで見逃していたことはやはりある。露伴が娘に家事全般を仕込む「あとみよそわか」に樋口一葉の妹、邦子が登場する。少女の文さんが向島蝸牛庵で畠をやらされているところに邦さんがやってきた。「浮世の砥石にこすられて、才錐の如く鋭い」ところのある邦さんは一目で察した。「よくまあなさいます。あゝいふおとうさまおかあさまです、あなたはお若い、御辛抱なさいませ。あなたのおかあさまはそれはそれはよくお働きになりました。あなたもどうか」いきなり邦さんは白い両手に文さんの泥の手を包み、高い鼻のわきを玉がつらなり落ちた。「お怪我などなさいませんやうに、御十分お大事に遊ばしませ。」さっとからだを折って、「も、そのまゝにいらして、どうぞおしごとを」……邦さんの人となりが鮮やかに立ち上る名文だ。一葉以来のつきあいだから、生母幾美子も継母の八代(やよ)も知っている。この件で文さんは「いたはりのことばを聞いた潤ひ」と「まゝつ子だからの特別のお涙はいやなこつたといふ生意気」の背反する感情を味わった。しかし自分のために泣いてくれる人はそうはいない。「私は畠をやらされたおかげで一人の知己を得た」とい

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