『題未定―安部公房初期短編集』(新潮社) – 著者: 安部 公房 – 小野 正嗣による書評

書評総合

『題未定―安部公房初期短編集』(新潮社) 著者:安部 公房
巨大な〈名〉の背後の〈!?〉な世界
文学部で教えていて恐ろしいことがある。安部公房の名前をあげても、〈?〉顔の学生ばかり。いや、この反応に〈!〉顔の教師だって作家の全貌を知っているわけではない。でも学生たちに世界文学の宇宙で燦然と輝く〈安部公房〉の名くらいは知ってほしいし、その喚起するイメージくらいは共有してほしいと思うものだ。 平易であるが研ぎ澄まされた方法意識に貫かれた文体で、無国籍的で不条理な作品を書いた作家。本書所収の短編を読めばわかるように、地名や人名などの固有名詞のない抽象的な作品設定は、その発想力と言葉の力だけで読者を作品世界に引きずり込む。文化的背景についての知識を持たないまっさらな若い読者に、文学の魅力・魔力を伝えるのにこれほどふさわしい作家もいないのだ。 言葉の力だけで、と書いたが、そんな魔力を持った言葉を、その使い手自身が信用していないようにも見えるのも凄い。昨年発見された短編「天使」の主人公「私」にとって「天使」が「息子」であり「馬の化物」であるように、あるいは表題作「題未定」の旅芸人の少年「パー公」にとって行きずりの村が「故郷」となるように、あらゆる事象が、仮面を剥いで思いも寄らぬ相貌を露(あらわ)にする。 未定なのは題ばかりではない。名と本体が分離し齟齬(そご)をきたす安部公房の世界では、言葉はこの不確かな世界を、読者が訪れる束の間何とか存在たらしめる呪術なのだ。 だから訳知り顔の教師だって、一人歩きしていく「安部公房」という名が夕陽を浴びて文学の曠野に投げかける長い影を見ているだけなのか

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