『中世天皇家の作法と律令制の残像』(八木書店) – 著者: 久水 俊和 – 久水 俊和による自著解説

書評総合

『中世天皇家の作法と律令制の残像』(八木書店) 著者:久水 俊和
およそ600年前の室町時代、京都。その「常識」を覆し、荒廃する大内裏の官庁街であっても、国家的機能を十分に果たしていたことを明らかに。各種文献・考古学の成果を存分に反映した最新の研究書を、著者自らの書き下ろしで解説。
臭い漂う中世の内野と古池、この荒れ果てた地域には一体何があったのだろうか
今からおよそ600年前の室町時代のことである。中世の洛中のはずれの荒れ地に散在する畑。たい肥の臭いが漂い、ある時は馬場として用いられ、ある時は死人がうち捨てられていた。庶民にとっては不潔ともいえる地域である。洛中をめぐる戦乱時には陣が構えられ、戦場と化すことさえもあった。ここはかつて「内野(うちの)」と呼ばれる地域だった。内野の南東には、隣接して一つの古池があった。洛中側からは高い築地で視界がさえぎられており、周辺には賤民(せんみん-差別された人々)や乞食が住み着き、汚物が捨て置かれていた。ここもまた庶民にとっては、汚れた地だった。中世の内野と古池――この荒れ果てた地域には、一体何があったのだろうか。 
内野の正体
実はこの内野の正体は、かつて平安京の北辺中央に位置した大内裏(だいだいり-平安京の宮城(きゅうじょう))跡であり、古池は禁苑(きんえん-宮城の庭園)や祈雨祈祷(きうきとう)の道場として機能した神泉苑(しんせんえん)だった。 大内裏といえば、天皇の住居である内裏を中心とし、国の政務や儀式の舞台である大極殿(だいごくでん-大内裏の中心をなす正殿)をはじめとした国の官庁が林立する、今でいえば霞ヶ関の

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