『あの川のほとりで〈上〉』(新潮社) – 著者: ジョン アーヴィング – 江國 香織による書評

書評総合

『あの川のほとりで〈上〉』(新潮社) 著者:ジョン アーヴィング
歴史のように「個」を越えて生きていく物語
何て深く耕された物語だろう。驚愕(きょうがく)する。言葉を失う。というより、言葉でいっぱいになって、温かく、この上なく、満たされてしまう。ふーっ、とため息をつくのがやっとだ。だからほんとうは、誰にも言いたくない。「ケッチャム」がどんなに特別かということも、「ドーシードー」のことも(アーヴィングの小説がいつもそうであるように、今度の小説にも忘れられない言葉がたくさん埋め込まれている)。どの頁(ページ)の、どの一文にも物語の血が流れている。どこを切っても物語の肉が切れる。本のなかで、この物語は生きているのだ。一九五四年のニューハンプシャー州から、この長い小説は始まる。すでに衰退の兆しが見えつつある、小さな林業の町から。そこには荒くれた労働者たちがいる。定住していたり、流れ者だったりする。そして、彼らに一歩もひけをとらずたくましい女たちがいる。主人公ダニーは、労働者たちに食事を供する食堂の、コックの息子だ。母親はすでに亡くなっている。十二歳のダニーにとって、この土地が世界のすべてだ。男たち、女たち、林業、川、熊や犬、そして食堂。でも、事故が起る。きわめてアーヴィング的な、瞠目(どうもく)すべき事故(ダニーが父親の愛人を、熊と間違えてフライパンで殴り殺してしまう!)が。父子は町を出る。逃亡生活が始まる。大切なのはあらすじではないとはいえ、二人はまずボストンで暮し、やがてカナダに移り、さらにまた移動する。どちらも誠実な人柄なので、慕われるし、友達ができたり女ができたりする。コック

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