『如何様』(朝日新聞出版) – 著者: 高山羽根子 – 小川 公代による書評

書評総合

『如何様』(朝日新聞出版) 著者:高山羽根子
高山羽根子『如何様』と「ラピード・レチェ」――心に「活力」を与える想像力、心を傷つける想像力
真似るということは、その存在そのものになってみることなのですこれは、田口ランディの短篇に登場する真似ることが天才的な老人の言葉である。「真似る」という行為自体すでに虚構性を孕んでいるが、それを「存在そのもの」と表すことで人間の本質をも捉えている。人が強く信じたことは――たとえそれが虚構であっても――心に易々と入り込み、良くも悪くも空想の世界を支配する。想像力が人間の心に「活力」を与え、それが反復されれば現実に関する記憶さえ変容しうると考えたのは18世紀イギリスの哲学者デイヴィッド・ヒュームである。また、想像力が生み出してしまう「狂信」に警鐘を鳴らしたのも彼であった。人間にとって必要不可欠な想像力が影の側面を併せ持つという認識は、フェイク・ニュースや政治の嘘が蔓延る現代社会の問題意識と地続きであることはいうまでもない。高山羽根子の小説世界は、「真似」「贋作」「ニセモノ」を切り口にして虚構性の実態を炙り出し、読者の心にも響く〈真偽〉の問題を鋭く問い直す。 『如何様』の語り手「私」は友人の榎田に持ちかけられた調査を引き受ける。戦争から復員し、しばらく家族と暮らした後に失踪してしまった「平泉貫一」という人物が別人にすり替わっていた疑いがあるので調べてもらいたいという依頼で、「私」は戦時中の貫一の動向を調べ、関係者らからも話を訊きだして真相を突き止めていく。生還した息子を別人然として認識した両親はそれを戦中の過酷さで変貌したからだと納得し、祝言を上

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