『死を受け入れること ー生と死をめぐる対話ー』(祥伝社) – 著者: 養老 孟司,小堀 鷗一郎 – 養老 孟司,小堀 鷗一郎による本文抜粋

書評総合

『死を受け入れること ー生と死をめぐる対話ー』(祥伝社) 著者:養老 孟司,小堀 鷗一郎
現在共に82歳の二人。同じ東大医学部を卒業後、養老先生は解剖学者、小堀先生は外科医の道へ。小堀先生は現在、訪問診療医として、看取りに関わっています。二人が取り組んできた仕事は、死と密接な関係にありました。二人が「死」について初めて語り合ったのが本書になります。それぞれの生い立ちから東大医学部での日々、解剖学者、外科医としての仕事、これからの日本で、死はどんな姿を現すのか。『死を受け入れることー生と死をめぐる対話―』より、一部抜粋、公開します。 
在宅死が当たり前ではなくなった。その人らしい死に方とは何か
病院で死ぬことが常識
小堀 統計を見ると、今、在宅死は十二~十三%くらいの割合です。死んだ場所で病院死の割合が減少傾向にあるのは、老人ホームや介護施設で死ぬ人が増えているから。ただ、今後、在宅死が増えるということはないでしょう。それは、日本では病院で死ぬことが当然と考えられていから。医者も死ぬ人も、そうなんです。日本は、僕と養老先生が生きているこの十年くらいは変わらないのではないですか。養老 本人の希望とは関係なく、病院で死ぬことが常識なのでしょう。僕は病院に行くのは、現代人の道理に嵌(は)め込むってことだと思っています。病院が嫌なら行かなきゃいい。僕は女房が心配するので、仕方がないから病院に行きます。家族に無駄な心配をかけたくない。自分だけで生きているわけではないから。だけど、自分からは決して行きません。日本は一斉に都会化してしまいました。少なくとも頭の中では。病院で生まれて

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