『冬の旅』(集英社) – 著者: 辻原 登 – 小野 正嗣による書評

書評総合

『冬の旅 』(集英社) 著者:辻原 登
転落する人生辿り問いかける
小説なんて所詮(しょせん)作り話の他人事である。なのにそれが、漠然と誰もが感じている時代の空気を、どんな言葉よりリアルに感じさせる。だからいま我々は『冬の旅』を読まなければならない。ページから目が離せないのは、物語がめちゃくちゃ面白いからなのか、それともそこに我々の〈いま〉に滲む漠たる不安や恐れが読めるからなのか。 小説は、主人公の緒方隆雄が2008年6月に滋賀刑務所から出所するところから始まる。専門学校卒業後、餃子のチェーン店に就職した緒方は、若いアルバイト店員とのトラブルから退職を余儀なくされる。その後、関西の新興宗教教団に再就職した彼は、阪神大震災の際に教団が行った被災地での救援活動で知り合った看護婦ゆかりと結婚し、マンションを購入する。 それなりに幸福な人生をつかんだはずの緒方が、刑務所に収監されるような罪を犯したのはなぜなのか? 小説は彼の人生を克明に辿り直す。転落を経験するのは彼だけではない。ゆかりにも夫に言えない秘密がある。 あり得ないと思えるほどの人生の転変、転落。なのに緒方やゆかり、そして周囲の人物たちの人生のどれかが自分のものであっても全然おかしくないと思えてくる。 緒方が非正規社員として経験する非人間的な労働環境。震災直後の神戸の惨状と極限状態での人間の行動。緒方が流れ着いた大阪の釜ケ崎のドヤ街の風景と人々の暮らしぶり。克明な資料調査を行うか、実際に足を運ばなければとても書けないような描写の数々。そして我々を震撼させた、90年代から現在にかけて起こった事件が、作品世界にも暗い影を投げかけ

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