『神様のみなしご』(角川春樹事務所) – 著者: 川島 誠 – 江國 香織による書評

書評総合

『神様のみなしご』(角川春樹事務所) 著者:川島 誠
一人ぽつんと存在する子供たちの物語
海辺に建つ養護施設「愛生園」を舞台に、複数の登場人物が一人称で語りつなぐ物語。語り手は職員や周囲の大人たちではなく、すべて園にいる(あるいはいた)子供たちだ。小学生か中学生。園には「高校生も少しだけいる」のだが、「でも、ふつう、中学卒業したら、園を出て働きたいわね。俺だって、そうするつもり。どっか、住み込みのとこでも見つける。」と登場人物の一人が説明してくれるように、そこは彼らがずっといたい場所でも、ずっといられる場所でもない。たとえ、入園したとき「温かいトースト」や、「おみそしる」に感激したとしても、無料の歯科治療を「好き」だと思ったとしても。この小説に限ったことではないのだが、川島誠の書く一人称にはためらいがない。声とおなじくらい断固とした一人称、とでも言うべき強さがそこにはあって、読み手はその声に導かれ、ほとんど瞬時に物語のなかにひき込まれてしまう。短いセンテンス、絶妙な倒置法、曖昧さを排した記述、感じがわるいほど巧妙な皮肉。愛生園では何が起るかというと、大きなことは何も(すくなくとも、表立っては)起らない。地区対抗のサッカー大会に出場するとか、お披露目会という、「簡単に言っちゃえば、たぶん、中学校の文化祭みたいなもん」があったり、ホームカミングデイという、卒園生の帰ってくる日があったりするくらいだ。平和といえば平和、平凡といえば平凡。作者はそれを淡々と描き、私はそれを、息をつめて読んだ。すさまじいことは、すでに起きてしまっているのだ。宮本という双子の兄弟の父親は刑務所にいて、母親

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