『江戸の流行り病―麻疹騒動はなぜ起こったのか』(吉川弘文館) – 著者: 鈴木 則子 – 鈴木 則子による自著解説

書評総合

『江戸の流行り病―麻疹騒動はなぜ起こったのか』(吉川弘文館) 著者:鈴木 則子
「現代なら守れる」か ―江戸の流行り病をめぐって―
医療ドラマが人気だ。初対面の方に専門を聞かれて「江戸時代の病気の研究をしています」と答えると、「JINの世界ですか?」という反応がしょっちゅう返ってくる。最初、何のことやらさっぱりわからなかったが、『JIN―仁―』(村上もとか作、集英社)という江戸時代を舞台とする人気医療劇画があって、テレビドラマ化されたのだと教えられた。あまり何度も耳にするので気になって書店に注文し、第一巻を開くなり驚いた。現代の外科医が江戸時代へタイムスリップし、現代医学の知識でさまざまな病気を治していくというストーリーなのだが、最初の活躍の舞台が文久二年(一八六二)の江戸の町なのである。私が研究している、江戸時代最大の麻疹(はしか)騒動が起こった年だ。主人公の南方仁(みなかたじん)は、近代的薬もなく衛生観念も異なる江戸の下町で、医療知識をフル稼働して麻疹治療に奮闘することとなる。この年、麻疹は日本じゅうで流行したが、とくに江戸の町のパニックは京・大坂・名古屋と比べても極端に大きかった。麻疹は現在は小児感染症であるが、鎖国を解くまでは二〇年から三〇年おきに流行した。したがって子供だけでなく、子供の時に感染する機会のなかった成人まで麻疹にかかり、また重症化するものも多かった。文久二年夏は、麻疹流行の終息期にコレラの流行が重なって、いっそう被害を大きくしたようだ。『藤岡屋日記』によると、江戸市中名主が書き上げたこの年六月から八月の麻疹による江戸市中死亡者は一万四二一〇人、コレラそ

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