『黄金の羅針盤〈上〉 ライラの冒険』(新潮社) – 著者: フィリップ プルマン – 豊崎 由美による書評

書評総合

『黄金の羅針盤〈上〉 ライラの冒険』(新潮社) 著者:フィリップ プルマン
飢えている子供を前に文学は有効か――という命題が、かつて論議をかもしたことがあったようだけれど、わたしにはそんな命題が生まれること自体不思議でならない。だって、「有効」に決まっているのだもの。飢えは肉体の危機を引き起こすけれど、物語の欠乏もまた魂に危機をもたらす。ひとはパンのみにて生きられるものではないのである。目の前に飢えで死にかけている子供がいて、手元に食べ物がなかったとしたら、せめて物語ってやりたい。その子の魂が苦痛の塊である肉体からいっとき離れて、此処(ここ)とは違う何処かを楽しく夢想する助けになってやりたいと、わたしは願う。小説家とはそういう者を指すのだ。たとえ衣食住に足りていても満たされない魂を抱えてしまうのが人間という生き物で、飢えている子供という極端な例でなくたって、すべてのひとに物語は必要なのだ。ひとが地球上に存在する限り、小説家は物語る。飢えた魂を此処とは違う何処かへと誘(いざな)うために、小説家は物語り続ける。フィリップ・プルマンの五百ページを超える長編ファンタジー『黄金の羅針盤』もまた、すべての満たされない魂に力を与える傑作だ。舞台となるのは「われわれの世界と似た世界であるが、多くの点で異なる」世界。一体、どう異なるのか? わくわくしながらページを開くと、その世界では人間にダイモン(守護精霊)がついていることがわかってくる。人間とダイモンは話をすることができるばかりか、遠く離れてしまうと互いに身を引き裂かれるような苦痛を覚えるほど心の通いあった、一生を通じての相棒なのだ。主人公

リンク元

コメント

タイトルとURLをコピーしました