『つれづれ草』(水声社) – 著者: ジェラール・マセ – 都甲 幸治による書評

書評総合

『つれづれ草』(水声社) 著者:ジェラール・マセ
弱さこそ恵みとなる詩の原理
声には力がある。第一次大戦で聴力を失った祖父の従軍記を、青年になった著者は書き付けようとする。だが途中で止めてしまう。なぜか。「声の抑揚、言葉の区切りかた、口調、それらが誠実さを示すアクセント」が失われてしまうからだ。言葉における意味でないものを聞き取る力。ブラックアフリカの人々は、そうした力に長けている。夢の中に現れる象徴を読み解き、冥界から吹き付ける霊気を感じとる。そしてもう一つの場所が日本だ。絵画や書道といった芸術は生活と結びついて、すべてを繊細なものとしている。あるいは動物たちはどうだろう。かつてラ・フォンテーヌは、動物たちには謎めいた知性があると説いた。確かに、僕らをじっと見つめる猫の瞳の向こうには底知れぬ闇がある。そして小さな蟻は「牛よりも活動的なだけでなく、牛よりもずっと創意に富んでいる」。現代文明は論理や効率を重視する。だからこそ著者は逆に、自由な連想や横滑りを称揚する。そもそも僕らの思考や会話は、そんなふうに進むのではないか。無数の断片によって書かれた本書の軽みを味わいながら、読者の心はマセの思考と気持ちよく絡み合う。なにしろ近代の権化たるデカルトすら、マセによればこうなる。午前中は寝床から出ずに瞑想に耽る。昼間はだらだら過ごして、研究は何カ月も進まない。かつて『方法序説』を読んだとき、僕が最も好きだったのもこのくだりだった。マセが説いているのは、詩の原理の重要性だろう。そこでは弱さこそが恵みである。なにしろ人付き合いが下手で、何年も部屋から出てこなかったプルーストは、自分の恐怖心

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