『浮く女 沈む男』(朝日新聞社) – 著者: 島田 雅彦 – 星野 智幸による書評

書評総合

『浮く女 沈む男』(朝日新聞社) 著者:島田 雅彦
海より訪れる唯物論的な革命
私はこの小説を都合三度、読んだ。一回目は 「週刊朝日」での連載中、二回目は単行本化されたとき、そして三回目が文庫化される今回である。この作品について著者は自ら、「不義の子ではないが『できちゃった」という感じである」(文庫版「あとがき」)と評しているが、読者である私も連載が終わった時、似たような感想を抱いた。ところが、今度読み直してみると、その子はしっかり成長していたのである。この五年間、それまでの日本のアイデンティティをうち砕く事件・災害が相次ぐうち、この小説の題材は少しも異様ではなくなっていたのだ。物語の軸は二つある。一つは表題にある「浮く女」と「沈む男」の関係だ。陰鬱な性格の学者である山名ミツルは、常に自意識に囚われており、自分の言動を意識しては自己批判を繰り返すという迷宮から逃れられない。だが、自我が溶けてしまったような夢遊病の京都美女、浦島あおいと知り合い、その茫洋とした母なるものに包まれて初めて癒されたと感じてからは、あおいの沼にはまり込んでいく。そのまま彼女と一心同体となり、女となりかわって人生をやり直すとの決意のもと、妻の美鈴を捨て、二人して東アジアを周遊する豪華客船「弥勒丸」に乗り込む。だが、この船はただの客船ではなかった。そこでいま一つの軸が登場する。旅の途中で弥勒丸は、中国系移民のブルース・リーなるマッチョないかがわしい人物に買収される。彼は革命を宣言すると、ならず者や山師や密入国を企む者たちを乗船させ、船内をたちまち無法地帯と変えてしまう。スノッブな客船が猥雑なスラムや市場へ

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