『新装版 とらんぷ譚 幻想博物館』(講談社) – 著者: 中井 英夫 – 種村 季弘による書評

書評総合

『新装版 とらんぷ譚 幻想博物館』(講談社) 著者:中井 英夫
優美な室内楽の追憶
滅びることができたものへの挽歌
流薔園という奇妙な名の精神病院を舞台にしたこの十三篇の連作小説集を一読して、おや、ここはいつか来たことがあるんじゃないかな、と私は思った。ここというのはその流薔園のことで、作者は冒頭にこんな風に紹介している。
麓から仰ぐと、銃眼のついた尖塔や跳ね橋や、深い濠のある異国の城砦めいて見えたせいであろう。村の人びとは、そこを癩狂院とか脳病院とかの古めかしい名で呼んで、コンクリートの粗壁と鉄格とに囲まれたあの中には、血の染みた拷問室や鎖で繋ぐ懲罰室があるのだと言い触らした。
ゴシック風のこの館は、サドの城館のようにも、オトラント城のようにも、アッシャー家のようにも、またわが小栗虫太郎の黒死館のようにも見える。しかし私が感じた既知の印象はそれとも違って、幼な時に行ったことのある具体的な場所の記憶と結びついているような種類のものであった。中井氏はたしか小石川植物園長を厳父とする家に生まれた人ではなかったか。それならば私も度々幼ない頃に訪れたことがあって、流薔園のモデルがあの植物園であれば、既知の感情の辻褄も合う。中井氏自身があの植物園の思い出を書いていたような気がして、手元の古雑誌をあれこれ繰ってみたが、探し出せない。おそらく私の錯覚だったのだろう。そのかわり、『中井英夫作品集』の跋文にこんなくだりがみつかった。
わたしには、ただ一冊も絵本や童話を買ってもらった記憶はないけれども、母が自分でバーネット夫人の『秘密の花園』を訳してくれ、その何冊かの手書きのノオトをむさぼり読

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