『藤原彰子』(吉川弘文館) – 著者: 服藤 早苗 – 本郷 恵子による書評

書評総合

『藤原彰子』(吉川弘文館) 著者:服藤 早苗
摂関政治を支えた「国母」
摂関政治は、天皇の母方親族であることを根拠に、天皇の政務を補佐・代行し、権力を握る方式だった。表舞台に立って政治を主導するのは男性だが、その役を与えてくれるのは、天皇の母となった彼らの娘や姉妹などにほかならない。なかでも藤原彰子(しょうし・988~1074年)は、一条天皇の中宮となって後一条・後朱雀両天皇を産み、さらに生後まもなく母を亡くした孫の後冷泉天皇を養育した。父道長・弟頼通による摂関政治の最盛期を支えた女性である。彰子は12歳で裳着(もぎ・成女式)を行い、一条天皇のもとに入内(じゅだい)する。24歳の時に夫を失い、息子の即位により29歳で国母(天皇の母)となり、87歳まで生きた。現代の女性の平均寿命に並ぶ長寿だが、その歩みはだいぶ異なっている。息子や孫、姉妹など、多くの身近な人に先立たれ、権力の行方に従って簡単に変節する宮廷社会に身を置きつづけた。権勢の拡大に邁進(まいしん)する父道長をたしなめ、摂関家と縁遠いために排除された皇族たちの庇護(ひご)者となった。皇位の継承順についても、公正な意見を持っていたようだ。この時代の基本史料となる日記『小右記』をのこした藤原実資(さねすけ)は、彼女を「賢后」と称賛している。著者は、彰子をはじめとする女性や子供たちの生活・結婚・出産などについて詳細に語る。同時に彰子が天皇に対する親権を根拠に、政治に関与したことをあきらかにする。道長はしばしば彰子の御所で重要な政務を行った。また後一条天皇元服の加冠(かかん)役をつとめるために、道長を太政大臣に任命する際、実質的

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