短歌研究会B第38回

小説の書評と感想

 11月28日(第4木曜日)の午前9時半より、メンバー3人が喫茶店に集まり、短歌研究会B第38回を持った。
 前夜には早寝して、自信があったので、Mさんにモーニングコールを頼まなかった。早く覚めて、少しネットをしたあと、外出の用意を始めた。

 先行する同・第37回は、先の10月30日の記事にアップした。
 

 短歌研究会Bは、岩波文庫「宮柊二歌集」(宮英子・高野公彦・編)の読み込みである。
 今回は、183ページ、歌集「藤棚の下の小室」(1972年・刊)の、1965年「終戦二十周年」の章よりである。
「終戦二十周年」の章
 10首は、新年詠として、歌誌に求められた作品だろう。
 1首めの4句「しろたへの塩」の、「しろたへの」は枕詞だけれども、「しろたへ」には「白い色」の意味がある。
 3首めの中句「おもほゆる」は「おもほゆ」の連体形だけれども、強調の終止である。
 4首めの4句「元旦の闇」を見るのは、大晦日にも執筆で徹夜したのだと思われる。
 184ページの1首め「かがやける炎を見れば」の歌は、歌集「小紺珠」の「一本の蠟燃しつつ~」の歌、歌集「日本挽歌」の「蠟燭の長き炎のかがやきて~」の歌を想わせる。
 2首めの2句中句「桃咲きている山の丘」は、のどかだから日本の丘だと僕は思ったが、2人は従軍中の記憶かも知れないと述べた。

「陶のごとき」の章
 185ページに入って1首めの結句「道の声する」は、「道ゆく人の声がする」の意味である。
 ベトナム戦争を詠んだ歌があって、戦争に敏感である。
 4首めの上句中句「おほよその行手(ゆくて)見えきし悔しさの」は、健康的には下降に移るが、歌人としては名誉が待っていて、僕には解せない。
 186ページに入って、1首めの「泛く」は「うく」と読むのだろう。「黒鳥」と「人の喪」は、付き過ぎだという意見があった。
 3首めの中句下句「飛行機の窓に見てゆく春蘭抱きて」は、春蘭も変種は高価だから、贈られての帰途の旅だっただろう。
 他にも多くの意見が出たが、ここに書ききれない。

 「陶のごとき」の章でしまいとする。次回の日程を決め、10時45分頃に散会した。
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写真ACより、「キッチン・グッズ」のイラスト1枚。



 

Source: 小説

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